唐人墓(読み)とうじんばか

日本歴史地名大系 「唐人墓」の解説

唐人墓
とうじんばか

[現在地名]石垣市新川

観音かんのん崎にある。咸豊二年(一八五二)のロバート・バウン号事件で非業の死を遂げた中国人苦力の慰霊のため、一九七一年(昭和四六年)建立。近年まで付近には三百唐人墓さんびやくぬとーびとうぬぱかとよばれる古い石積みの墓が点在し、陶製の墓碑三点が石垣市立八重山博物館に収蔵されている。

一九世紀中葉、黒人奴隷解放の世界的潮流が高まるなかで、欧米諸国は新たな労働力供給源をアジアに求めた。とくに内乱で弱体化した清国で、アヘン戦争後に獲得した治外法権を盾に拉致同然の方法で大量の苦力を駆り集め、いわゆる苦力貿易を展開した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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