唯称寺(読み)ゆいしようじ

日本歴史地名大系 「唯称寺」の解説

唯称寺
ゆいしようじ

[現在地名]三国町山王

山田山と号し、真宗大谷派。本尊阿弥陀如来加賀の山田光教こうきよう寺顕誓(蓮如の孫兼順)享禄四年(一五三一)本願寺教団内の享禄の錯乱に敗北して越前に逃れ、坂井さかい布施田ふせだ(現福井市)一宇を建て、布施坊と称したのに始まる。二代願誓(兼定)三国みくに湊に移って正薫しようくん坊を建て、三代願明(正兼)の時、慶長年間(一五九六―一六一五)本願寺教如に帰して東本願寺派となり、同時に寺号を得たという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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