善集院(読み)ぜんじゆういん

日本歴史地名大系 「善集院」の解説

善集院
ぜんじゆういん

[現在地名]高野町高野山

来迎らいごう堂跡の北にある。本尊五大明王。準別格本山。開基救世善集房(天禄四年没)は京都の出身で、少僧都・東寺一長者・高野山座主となった(文明五年諸院家帳、東寺長者補佐)。草創は延喜二一年(九二一)とされ、定誉(祈親)の遺跡ともいわれる(諸院家析負輯・続風土記)中興は高野山教学の大成者宥快。宥快は応永一三年(一四〇六)当院に隠退し、同二三年七月一七日に没し、境内の廟所に葬られた。以後、毎月一七日の忌日には追薦のために修行中の僧侶による三問一講の論席が当院に設けられた。学道を志す宝性ほうしよう院門中の者には、この善集院での問講が試金石になっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む