改訂新版 世界大百科事典 「嘉峪関塼室墓」の意味・わかりやすい解説
嘉峪関塼室墓 (かよくかんせんしつぼ)
Jiā yù guān zhuān shì mù
中国,甘粛省嘉峪関市の東方約20kmの砂漠中に,南北20km,東西3kmにわたって存在する漢・魏・晋代の墓群。そのうち1972-73年調査の6基と77年調査の1基に彩色壁画がある。地表には墓域を画す石囲いがあり,中に封土墓が数基築かれている。墓道は長大で,彫塼で飾った墓門,塼築方形でドーム式天井の前・中室,長方形でアーチ式天井の後室をもつ。前室に耳室を設けるほか,壁龕をもつものもある。壁画は方塼(36cm×17cm)1個に1場面を描くが,数個の塼にまたがる大画面もある。壁画の主題は狩猟,農耕,牧畜,養蚕,屯田,軍営,宴楽,厨房などで,勧戒画がなく,墓主の生活情景と民衆の労働の姿を白灰面上に黒・紅二彩の暢達な筆致で簡潔にあらわす。年代は副葬品により魏・晋代と認められたが,77年調査で精美な大画面の墓主宴楽の情景等をあらわしたT5号墓などはさらに北涼時代まで下る。
執筆者:秋山 進午
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報