四谷伝馬町一丁目(読み)よつやてんまちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「四谷伝馬町一丁目」の解説

四谷伝馬町一丁目
よつやてんまちよういつちようめ

[現在地名]新宿区四谷一丁目

新道しんみちの通りを隔てて麹町十一丁目と同十二丁目東側の南に位置する町人地で、東は往来を隔てて江戸城外堀に面している。西は当町西端で北に折れる甲州道中を挟んで麹町十二丁目の西側町屋、南は甲州道中の折れ曲るところから外堀まで東に延びる四谷大通を境に天徳寺てんとくじ門前代地・先手組大縄地。新道の通りの南側を占める片側町だが、西寄りでは北に折れた甲州道中に面して一部通りの北側にも町屋がある。町内間数は京間で東西表間口が八八間(裏幅も同様)南北裏行は東側が二〇間、西側も同様である。通り北側の町屋は南北の表間口が同じ京間で三間(裏幅八尺)、東西裏行は南北ともに三九間余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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