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国頭正則 くにがみ せいそく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

国頭正則 くにがみ-せいそく

1614-? 琉球の官僚。
尚寧王26年生まれ。国頭正弥の子。馬氏国頭按司(あじ)家の7代。寛永20年尚賢王即位の謝恩使,承応(じょうおう)2年将軍徳川家綱襲封の慶賀使などをつとめる。薩摩(さつま)の島津氏に人質制度の免除など3ヵ条をみとめさせた。唐名は馬国隆。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

国頭正則

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:尚寧26(1614)
17世紀初めの琉球王府の重臣。馬氏国頭按 司家の7世。唐名は馬国隆。寛永20(1643)年に尚賢王即位の謝恩使,承応2(1653)年に将軍徳川家綱襲封の慶賀使として江戸に上り,同3年には異国奉行に就いている。また,寛文1(1661)年にかけてしばしば薩摩の島津氏に対する年頭を寿ぐ使者(年頭使)などをも務めた。この間に島津家当主光久の信を得たとみえて,三司官の証人(人質)制度の免除など,3条にわたる王府の訴えを認めさせる功をあげている。尚質後期から尚貞初期(1660~72)に王政改革を主導した向象賢(羽地朝秀)とは政敵の関係にあったと目される。<参考文献>真境名安興,島倉竜治『沖縄一千年史』

(上原兼善)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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