園韓神社跡(読み)そのからかみしやあと

日本歴史地名大系 「園韓神社跡」の解説

園韓神社跡
そのからかみしやあと

[現在地名]上京区主税町

応仁の乱頃まであった神社。社地は「拾芥抄」宮城指図では平安京大内裏「宮内省」の西、「年中行事絵巻」(田中家蔵別本・鷹司本)では北西隅にみえ、現主税(ちから)町の北東付近にあたる。「延喜式」神名帳に「宮内省坐神三座並名神大月次新嘗」として「園神(ソノヽカミ)社・韓(カラノ) 神(カミノ)社二座」とある。祭神は「古事記」上巻に「故、其の大年神、神活須毘神の女、伊怒比売を娶して生める子は、大国御魂神。次に韓神。次に曾富理神。次に白日神。次に聖神。五神」とみえ、大年(おおとし)神の子神の一に数えている。大倭神社註進状(群書類従)は、園神社は大物主(おおものぬし)神、韓神社は大己貴(おおなむち)命と少彦名(すくなひこな)命を祀り、これらの神は「素戔嗚尊之子孫、守疫神也」と記す。創建について大倭神社註進状には、大神氏家牒を引用して「養老年中。藤史亦建園韓神社奉斎焉」とあり、養老年中(七一七―七二四)藤原氏の手になると記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報