日本歴史地名大系 「土御門天皇陵」の解説 土御門天皇陵つちみかどてんのうりよう 京都府:長岡京市金ヶ原村土御門天皇陵[現在地名]長岡京市金ヶ原金(かね)ヶ原(はら)の西方、小高い山麓にある。正式には土御門天皇金原(かねがはら)陵という。天皇は寛喜三年(一二三一)一〇月一一日阿波国の配所で没した。阿波国で火葬に付され、遺骨が上洛、遺戒によって母の承明門院が金ヶ原に法華堂を営んだ。「明月記」天福元年(一二三三)一二月一一日条に、<資料は省略されています>とあって、法華堂の功成り、承明門院も渡御し供養が行われたことを記し、藤原定家も渡御の牛車のための牛三頭を献じている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報