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法華堂 ほっけどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

法華堂
ほっけどう

法華三昧堂の略称。普賢菩薩を本尊として法華三昧を修行する堂。後世貴人の納骨堂を法華堂と称するのは,そこで法華懺法を修したためである。

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デジタル大辞泉の解説

ほけ‐どう〔‐ダウ〕【法華堂】

ほっけどう(法華堂)」に同じ。
「かの人の四十九日(なななぬか)、忍びて比叡(ひえ)の―にて」〈・夕顔〉

ほっけ‐どう〔‐ダウ〕【法華堂】


法華三昧(ざんまい)を行う堂。法華三昧堂。三昧堂。
皇家・貴人の納骨堂。
奈良の東大寺にある堂舎の一。国宝。本堂は奈良時代、礼堂は鎌倉時代の建立で、毎年陰暦3月に法華会行われるので三月堂ともいい、本尊にちなんで羂索堂(けんじゃくどう)ともいう。本尊の不空羂索観音をはじめ、多くの天平時代の仏像を安置。

出典|小学館
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世界大百科事典 第2版の解説

ほっけどう【法華堂】

法華経信仰による仏堂。時代や宗派によって形式内容に相違がある。奈良時代の東大寺では《法華経》〈普門品〉との関係で,観音像を祀る正堂と祭儀のための礼(らい)堂とを双堂(ならびどう)とした。平安時代には天台・真言両宗とも常行三昧堂と法華三昧堂を設けた。この二つの堂を廊でつないだものは,天秤で荷をかつぐ姿に似るため担い堂(にないどう)と呼ばれた。両堂とも一間四面に孫庇(まごびさし)をめぐらした五間堂で,中央の仏壇四周をめぐる修法が行ぜられた。

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大辞林 第三版の解説

ほっけどう【法華堂】

「法華三昧堂」の略。
貴人の納骨堂。
奈良市東大寺の堂舎の一。733年良弁ろうべんの創建と伝える。旧暦三月に法華会が修されることから三月堂とも呼ばれる。羂索けんじやく堂。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の法華堂の言及

【寺院建築】より

…奈良の大寺は中心伽藍のほか,各種の機能を果たす院や本尊以外の仏菩薩などをまつる別院が寺内に置かれ,広大な寺地をもった。東大寺内も別院が多く,羂索院法華堂(三月堂)は双堂(ならびどう)形で建てられ,鎌倉中期に礼堂を再建して1棟とした西大寺は2棟の華麗な金堂をもち,多数の院ごとに仏堂と僧房を有した。唐から律を伝えた鑑真の唐招提寺は私寺ながら4町の寺地を有し,当時の金堂,講堂を存している。…

【東大寺】より

…しかし今日なお多くの文化財を有し,とりわけ12世紀末と18世紀初めの復興もあって,創建時の奈良時代,復興時の鎌倉時代,江戸時代の優れた文化財を残している。(1)奈良時代 建築では法華堂(三月堂),北西の門にあたる転害(てがい)門,正倉院ほか数棟の校倉(あぜくら)がある。法華堂は古く羂索堂とも呼ばれ,正堂と礼堂(らいどう)を並べる双堂(ならびどう)であったが,南側の礼堂は鎌倉中期に再建され,両堂をつないで一棟とされた。…

【奈良時代美術】より

…また鑑真に随行した工人によっても特色ある新様式の木彫群が製作されたが,765年(天平神護1)に西大寺が創設され,密教像も造像されるようになる。今日残された東大寺法華堂,戒壇院などの彫刻群や正倉院の工芸品をはじめとする優品は,唐の影響や渡来工人の新技術によることはいうまでもないが,律令制下における総括的で緊密な工人組織によって初めて可能であった。なお766年には伊勢神宮寺に丈六仏が造られるなど,神仏習合思想による造寺・造仏が,このころより現れ始める。…

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