朝日日本歴史人物事典 「土肥大作」の解説
土肥大作
生年:天保8.9.2(1837.10.1)
幕末の讃岐丸亀藩(香川県)藩士。江戸に出て昌平黌に学び,帰藩後,藩校正明館に登用される。尊攘派志士と交流を深め,幕府の嫌疑を恐れた藩の命で慶応2(1866)年9月投獄されるが,明治1(1868)年4月,土佐藩兵の征討を受けるにおよび獄より出される。三河県判事を経て丸亀藩権大参事となり藩政改革を推進,同4年4月民部省出仕。帰国中の7月,改革に不満を持つ士族に襲われ負傷した。大蔵省出仕,飾磨県参事を経て,新治県参事在任中,任地の常陸土浦で自刃。「棺を蓋うて論定まると 此の言吾れ嘗て聞けり 精神は未だ尽きず 句に題して諸君に問わん」と辞世の詩にある。
(井上勲)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報