江戸時代、武士が自分の藩を離脱し、藩籍を放棄した行為をいう。とくに幕末に顕著となる現象である。1853年(嘉永6)のペリー来航によって始まる国外からの圧迫は、藩を国家として意識していた封建武士層の一部に、日本を国家とする意識を芽生えさせた。それはやがて尊王、攘夷(じょうい)、倒幕の思想へと発展するが、その実現のために奔走する者は、自ら藩籍を放棄するに至ったのである。幕末の脱藩は大きく二つの類型、すなわち〔1〕藩国肯定派、〔2〕藩国否定派に分けることができる。〔1〕の藩国肯定派は、行動のうえでは脱藩していても、理念的には藩という封建的要素を拒否し尽くすことなく、藩外にあって側面から藩を勤王に志向(挙藩勤王)させるよう働きかけた者たちである。たとえば、初期の吉田松陰(しょういん)、武市瑞山(たけちずいざん)、坂本龍馬(りょうま)、小河一敏(おがわかずとし)、武田耕雲斎(こううんさい)らがある。〔2〕の藩国否定派は、道徳的観念的な国体論による「大義」のためには、藩国をも拒否して、草莽(そうもう)志士の糾合を企てた者たちである。晩年の吉田松陰、久坂玄瑞(くさかげんずい)、真木和泉守(まきいずみのかみ)、平野国臣(くにおみ)、藤田小四郎(こしろう)らがある。歴史的には〔1〕から〔2〕への流れをみることができる。
[上田 穣]
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