埴原城跡(読み)はいばらじようあと

日本歴史地名大系 「埴原城跡」の解説

埴原城跡
はいばらじようあと

[現在地名]松本市中山 埴原

鉢伏(はちぶせ)山(一九二九メートル)の西に連なる高遠(たかとお)山(一三一六メートル)の南西の尾根の突端を中心とし、東は山続きで鉢伏山頂に至り、北は洞沢(ほらさわ)の平地、西は町村(まちむら)、南は水の尾(みずのお)の谷の平地と、南・北・西の三方が平地で、東方のみが山に連なる。

遺構は南北約一千メートル、東西一千二〇〇メートル余の山体の全部と、七条の尾根を中心に、東に大小屋(おおごや)、西に西小屋(にしごや)の支砦を踏まえ、段郭の総数一三〇余階、空堀四五溝、また水の手の湧水井戸をもつ複合的な山城で、かつ、その山城の下に館・武士屋敷をもっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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