埼玉沼(読み)さきたまぬま

日本歴史地名大系 「埼玉沼」の解説

埼玉沼
さきたまぬま

[現在地名]行田市長野・若小玉・小針・埼玉

江戸時代の長野ながの若小玉わかこだま小針こばり・埼玉の四村境にわたって所在した沼。古くは尾崎おさき沼と称し、のち小針沼とも唱えたが、元禄九年(一六九六)小針・埼玉の二村で名称のことで紛争が起こり、幕府裁許によって埼玉沼と公称することになったという(郡村誌)。かつては縦一キロ、横一・七キロ、面積約五〇ヘクタール余の悪水溜井であったが、享保一三年(一七二八)井沢為永の命により、上記四村村請で小針村名主岡村六左衛門が惣代となって干拓、筧播磨守が検地して四村持添の新田になった。ところが悪水溜井の役を果す低湿地がなくなったので、下流にあたる野通やどおり悪水の元荒川落口まで沿岸八ヵ村、のちには一〇ヵ村で氾濫がひどく、幕府は宝暦四年(一七五四)新田の中央に高さ三尺の堤を築き、東側は埼玉・小針の新田として残し、西側の長野・若小玉両村分はもとの沼地に戻して永銭を納めさせることにした(郡村誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む