堂作出町(読み)つじのどうつくりでまち

日本歴史地名大系 「堂作出町」の解説

堂作出町
つじのどうつくりでまち

[現在地名]博多区博多駅前はかたえきまえ一丁目

辻堂つじのどう町の南東に位置する。辻堂口門を出て南に下る道はすぐに東に折れ、比恵ひえ(御笠川)に突き当って再び南に進んだが、東に折れてから比恵川に突き当る間の東西道筋に沿う両側町。房州ぼうしゆう堀の跡地を挟んで北は承天じようてん寺境内(福岡博多近隣古図など)。辻堂口の門外に形成された町場であったが、古くから町分とされて博多支配であった。寛保二年(一七四二)郡方支配に転じたが、延享四年(一七四七)町方支配に復している(「津要録」延享四年条)。しかし宝暦一〇年(一七六〇)再び郡方支配に移り(「石城志」は同一二年のこととする)犬飼いぬかい村の内となった(「地理全誌」など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む