多々良岐庄(読み)たたらぎのしよう

日本歴史地名大系 「多々良岐庄」の解説

多々良岐庄
たたらぎのしよう

円山まるやま川の右岸、支流多々良木たたらぎ川沿いに比定される皇室領庄園。初見は安元二年(一一七六)二月日の八条院領目録(山科家古文書)で、「但馬国河会・温泉両寺 多々良木」とみえる。以後八条院領庄園として伝領された。建久五年(一一九四)閏八月一二日、源為義の娘で義朝の姉にあたる熊野鳥居禅尼の強い要望によって、同尼に当庄の地頭職が補任された。そして当時の領家は源宰相であったが、限りある領家の年貢・課役を懈怠しないよう、源頼朝の消息が出された(「吾妻鏡」同年閏八月一二日・九月二三日条)。弘安八年(一二八五)の但馬国太田文では、「多々良岐庄 十三町」とみえ「本家安嘉門院御領」「領家関東分」「地頭加治八郎輔朝」と注記がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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