日本歴史地名大系 「多布施川」の解説
多布施川
たふせがわ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
有明(ありあけ)海湾奥の佐賀平野を流れる、嘉瀬川(かせがわ)の一支流。県都佐賀市街に流入する川で知られる。佐賀市大和(やまと)町地区の石井樋(いしいび)で嘉瀬川から分流、佐賀市街の堀割に通じ、市街地南東部で八田江(はったえ)など有明海の江湖(えご)につながる。延長約9.5キロメートル。石井樋は、江戸初期、佐賀藩重臣成富兵庫茂安(なりとみひょうごしげやす)が築造したといわれる分水施設で、佐賀城下の用水確保、洪水防止などに大きな役割を果たした。大正期佐賀市に上水道ができるまでは市民の飲用水源であった。1960年(昭和35)に石井樋の約2キロメートル上流に川上(かわかみ)頭首工ができ、ここから多布施川に分水するようになった。そのために石井樋は機能を失う。市街地北部河畔に旧藩主別邸の神野(こうの)公園がある。
[川崎 茂]
《モスクワに遠征したナポレオンが、冬の寒さと雪が原因で敗れたところから》冬の厳しい寒さをいう語。また、寒くて厳しい冬のこと。「冬将軍の訪れ」《季 冬》...
1/16 デジタル大辞泉プラスを更新
1/16 デジタル大辞泉を更新
12/10 小学館の図鑑NEO[新版]魚を追加
10/17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典を更新
8/22 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新