多賀忠郡(読み)たが ただくに

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多賀忠郡」の解説

多賀忠郡 たが-ただくに

?-1590 織豊時代の武将。
上総(かずさ)(千葉県)池和田城主多賀高明の長男。永禄(えいろく)7年北条氏の攻撃で一家は離散。豊臣秀吉の小田原攻めの際,浅野長政の軍にしたがい土気(とけ)城主酒井康治の兵とたたかい,天正(てんしょう)18年8月1日戦死した。通称は隼人,内膳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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