多賀秀種(読み)たが ひでたね

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多賀秀種」の解説

多賀秀種 たが-ひでたね

1565-1616 織豊-江戸時代前期の武将
永禄(えいろく)8年生まれ。兄に堀秀政羽柴秀長,豊臣秀吉につかえ,大和(奈良県)宇陀郡で2万石を領する。関ケ原戦いで西軍に属して越後(えちご)(新潟県)へ追放されたが,のち前田利常家臣となった。元和(げんな)2年10月死去。52歳。初名は秀家。通称源助。号は鴎庵。日記に「越後在府日記」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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