日本大百科全書(ニッポニカ) 「大久保要」の意味・わかりやすい解説
大久保要
おおくぼかなめ
(1798―1859)
常陸(ひたち)国(茨城県)土浦(つちうら)藩士、志士。名は親春、靖斎(せいさい)と号す。土浦藩士親修(ちかのぶ)の長男として土浦に生まれる。文学を松崎慊堂(こうどう)、兵学を竹中茂村、平山子竜らに学ぶ。藩校郁文(いくぶん)館の館頭。兵学教授として藩士の教育にもあたるが、1838年(天保9)土屋寅直(ともなお)が藩主に就任すると、藩政改革を献策、藩主の片腕として尽力した。また藩主が幕政に関与すると、公用人として補佐する一方、多くの志士、とりわけ水戸藩士と交際して国事を論じた。水戸藩主徳川斉昭(なりあき)の雪冤(せつえん)運動を助け、また討幕密勅の水戸藩への降下運動に関係して、安政(あんせい)の大獄では永押込(えいおしこめ)の処罰を受けた。土浦藩の獄舎で病没。
[佐久間好雄]