大坂屋跡(読み)おおさかやあと

日本歴史地名大系 「大坂屋跡」の解説

大坂屋跡
おおさかやあと

[現在地名]与板町与板 南新町

市街地の中央やや北寄りの南新みなみしん町にあった豪商大坂屋三輪家の屋敷跡。間口二三間二尺余・奥行一九間半の宅地に居を構え、盛期には与板町方の宅地一三町七反余のうち一町三反余を所有していた。同家の看板は与板町郷土資料館に保存される。与板町において備前屋江口家と双璧の豪商で、三輪家に伝存する家系譜によれば、越中国新川しんかわ新庄しんじよう(現富山市)の城将三輪飛騨守長職を祖とする。天正年間(一五七三―九二)前田家との戦いに敗れて米山よねやま山麓平井ひらい(現柏崎市)に逃れる。次男長房は上杉景勝から八〇〇人扶持の合力を給されていたが、慶長三年(一五九八)の上杉氏移封には随行せず、その子盛直は長岡の大坂屋某の女を娶って資産を譲り受け、万治二年(一六五九)九郎右衛門正親の代に与板に移住。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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