大形村(読み)おおがたむら

日本歴史地名大系 「大形村」の解説

大形村
おおがたむら

[現在地名]筑波町大形

三村(みむら)山南麓に所在。西北は小田(おだ)村。慶長七年(一六〇二)の検地野帳および大形村之内古高名寄帳写(ともに中根竜一文書)によれば天領で村高九一三・五石。元和二年(一六一六)から旗本横山興知の知行地と天領の相給。天領は慶安二年(一六四九)から土浦藩朽木氏領。寛文七年(一六六七)の大形村田方検地縄打帳(同文書)などによれば土浦藩領は二一二・五二二石で二百石方とよばれ、横山氏領は七〇一・〇五一石で七百石方といわれていたが、この検地により横山氏領は新たに一六七石余が打出され、八六八・三六三石となった。


大形村
おおがたむら

[現在地名]阿見町大形

西は飯倉(いいぐら)村、北は君島(きみじま)村。応永二五年(一四一八)九月晦日の荘主玄航渡状(円密院文書)に「大方郷」とある。江戸初期に天領となり、元禄郷帳の村高は三六六石余。天保八年(一八三七)に駒木根・角南・大久保・沼田各氏の組与力給地となり(湯原家文書)、幕末は梁田平七郎ほか九名の給地であった(各村旧高簿)。延享期(一七四四―四八)に箕輪原(みのわはら)の町人請負新田が申請されたが、名主の反対で取りやめている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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