大方庄(読み)おおがたのしよう

日本歴史地名大系 「大方庄」の解説

大方庄
おおがたのしよう

現大方町にあった京都東福寺領。古代大方郷(和名抄)に成立し、その名称を継いだとみられる。建長二年(一二五〇)一一月日付の九条道家初度惣処分状(九条家文書)に「新御領」の一として「土佐郡幡多郡 本庄 大方庄 山田庄 以南村 加納久礼別符」があげられ、「前摂政(道家の三子実経、一条家の祖)に譲られている。大方庄は幡多庄を構成する一部であったが(→幡多庄、「大方庄」と記されるのは右の一例のみで、弘安一一年(一二八八)二月日付前摂政一条実経家政所下文(「蠧簡集」所収金剛福寺文書)などにみられるのは「大方郷」である。

大方郷は、元応二年(一三二〇)三月一〇日付の一条殿寄進状によって道家開基の東福寺に寄進された(貞和三年七月日付「東福寺領諸荘園目録」東福寺文書)。年貢輸送には郷内佐賀さが(現佐賀町)商人があたったことが、貞和五年(一三四九)六月一五日付東福寺宛の大方郷公文ほかが署判する送進文(同文書)にみえ、嘉慶二年(一三八八)には伊勢神宮の役夫工米以下の諸役を免ぜられている(同年五月二五日付「官宣旨」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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