日本歴史地名大系 「大朝本庄」の解説 大朝本庄おおあさほんじよう 広島県:山県郡大朝町大朝本庄大朝・大塚(おおつか)・筏津(いかだづ)・田原(たわら)の一帯に比定される延暦寺西塔領の荘園。立荘年代およびその過程は不明で、「天台座主記」文永五年(一二六八)一一月八日条に「今日以十ケ庄園、宛三塔興隆、被注下其所於寺家」としてその西塔分に「安芸国大朝庄」が記される。駿河国入江(いりえ)庄吉川(きつかわ)邑(現静岡県清水市)を本貫の地とする吉川氏が四代経光のとき、承久の乱の際の宇治橋の戦での功により大朝本庄の地頭職に補任されたといわれ、五代経高のとき父経光から文永四年に譲渡された「大麻本庄枝村内門田」を領掌すべき下知を受けている(文永五年七月一八日付「関東下知状案」吉川家文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by