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大武芸 だいぶげいDa-wu-yi; Ta-wu-i

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大武芸
だいぶげい
Da-wu-yi; Ta-wu-i

[生]?
[没]737
渤海国第2代の王 (在位 719~737) 。諡は武王。大祚栄の長男。この王のときに中国風の国家体制を整備し,領土を拡大し,年号を仁安とした。仁安8 (726) 年弟の大門芸に黒水靺鞨 (まっかつ) を攻略させた。しかし,大門芸はこれをいさめ,唐に亡命した。そこで大武芸はその引渡しを要求し,このため唐とも対立し,同 14年に登州 (山東半島) を襲った。同9年に初めて日本と通交し,その後の両国の国交,通商のもとを開いた。

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世界大百科事典内の大武芸の言及

【渤海】より

…当初は震国(振国とも書く)と称していたが,713年に大祚栄が唐から渤海郡王という称号を与えられてより,国名も渤海と称するようになった。第2代大武芸(在位720‐737)のとき,渤海の北にいた黒水靺鞨と唐との通交を契機に,両者から挟撃されることを恐れた渤海と唐との間で緊張が高まった。このような情勢を背景にして,渤海は日本との連繫を求めるようになる。…

※「大武芸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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