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渤海国 ぼっかいこくBo-hai guo; Po-hai Kuo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

渤海国
ぼっかいこく
Bo-hai guo; Po-hai Kuo

中国,東北地方 (旧満州) の南東部から朝鮮半島北部にかけて存在した国家 (698~926) 。高句麗が宝蔵王 27 (668) 年新羅と唐によって滅亡したとき,その遺民靺鞨 (まっかつ) 族の一部は営州 (現,朝陽) に移されていたが,696 (唐の万歳通天1,新羅の孝昭王5) 年契丹 (きったん) の李尽忠が唐に反乱を起したとき,それを利用して高王1 (698) 年首長の大祚栄は独立して「震国 (振国) 」と称した。彼は支配地を拡大して唐の脅威となったが,唐は懐柔策をとり,睿宗は同 15年彼を「渤海郡王」に任じた。その子武芸王 (在位 719~737) 時代には独自の年号を使用して国家意識を強め,必ずしも唐に服従せず,また朝鮮の統一王朝,新羅とも対立したが,海をへだてた日本とは修好関係を結び,奈良~平安時代の日本に 34回遣使して貿易を行なったことが知られている。3代の欽茂王 (在位 737~794) の時代に渤海国家の基礎が充実し,「渤海郡王」から「渤海国王」の処遇を受けるにいたった。 10世紀になって王室内部の紛争で国力が弱化したところに,隣接の契丹が台頭し,首長の耶律阿保機 (契丹太祖,在位 916~926) が帝国を建国し,渤海に迫って王都,上京竜泉府を陥れ,渤海王国は哀王 26 (926) 年滅亡した。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

渤海国

698年から926年まで現在の中国東北地方とロシア沿海地方、朝鮮半島北部にまたがる地域を領土とした国家(当初の国号は「震」)。「海東の盛国」と呼ばれたが、唐と新羅の連合軍に滅ぼされた高句麗(紀元前37〜668年)の遺民や現在の中国・満州族祖先とされる靺かつ(まっかつ)などによる多民族国家だったため、契丹に滅ぼされた後に継いだ国はなく、自分たちで書いた歴史書も残っていない。「まぼろしの王国」とも呼ばれる。日本とは727年以降、使節の派遣などを通じ友好関係にあった。

(2006-05-28 朝日新聞 朝刊 3総合)

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世界大百科事典内の渤海国の言及

【黒竜江[省]】より

…密生する森林中には野生動物が豊富であり,河川にも川マスをはじめ淡水魚が群をなして遡上してきていた。隋末・唐初靺鞨(まつかつ)諸部族により渤海国が長白山地区からロシアの沿海州,朝鮮北部にかけて建てられたが,渤海は唐の文化を吸収し,農業も手工業もかなりの水準に達した。本省北方の黒竜江以北の地域には黒水靺鞨が住み,ハルビン市から北西方の大興安嶺北部にかけては室韋がいた。…

※「渤海国」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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