靺鞨(読み)まっかつ(英語表記)Mo-he; Mo-ho

  • ×靺×鞨

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中国,隋・代に満州北東部に拠ったツングース系諸族 (→ツングース語系諸族 ) の総称北魏の頃,勿吉 (もっきつ) に服属し,その崩壊後も自立通貢してきたその地の諸部を,中国では過去の彼らと区別し,勿吉の同音異字の靺鞨とした。濊貊 (わいばく) 系ツングースで農業中心の粟末 (ぞくまつ) ,白山の2靺鞨と,純ツングース系で狩猟依存度の高い安車骨 (あんしゃこつ) ,伯咄 (はくとつ) ,払涅 (ふつでつ) ,号室,黒水の5靺鞨の靺鞨7部が有力で,おのおの首長が統率し,内部はさらに氏族に細分されていた。のち粟末,白山両靺鞨は高句麗に服属したが,ほかはこれと対立した。総章1 (668) 年唐は高句麗を滅ぼし,高句麗人と粟末,白山両靺鞨人を営州に移したが,のち靺鞨系の高句麗の遺民が東帰し,渤海国を建てると靺鞨人の多くは次第にこれに征服された。

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世界大百科事典 第2版の解説

古代北東アジア沿海州方面に拠ったツングース系諸族の称。はじめ勿吉(もつきつ)支配のもとにあり,6世紀半ば,勿吉滅亡後,その配下の諸族がこの名で呼ばれた。その一部は高句麗支配下に入り,その滅亡後,698年,高句麗人とともに渤海国を建てるに至った。 日本との関係では《続日本紀》養老4年(720)正月丙子条に,〈渡嶋津軽津司従七位上諸君鞍男等六人を靺鞨国に遣わして,其の風俗を観せしむ〉とあり,この際の〈渡嶋津軽津司〉というものの実態は明らかでないが,阿倍比羅夫の遠征によって開けた本州最北端―北海道西南端連絡航路の確保のため津軽十三湊あたりに駐在した港湾管理者のようなものと考えれば,ここから渡嶋さらには渤海方面とのある種の交渉は考えられないことではない。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

6世紀後半から中国東北の松花江流域を中心に、北は黒竜江中・下流域、東はウスリー川流域、南は朝鮮半島北部に勢力を振るったツングース系諸族の一派。5世紀後半からこの地方にあった勿吉(もっきつ)人の国が6世紀なかばに崩壊し、その服属諸部が自立したが、自立後も一括してその同音異字で靺鞨とよばれた。いくつかの大部族に分かれ、そのうち粟末(ぞくまつ)、伯咄(はくとつ)、安車骨(あんしゃこつ)、払涅(ふつでつ)、号室(ごうしつ)、白山(はくさん)、黒水(こくすい)の七部族が有力で、靺鞨七部とよばれた。高句麗(こうくり)と争い、粟末、白山の二部は高句麗に服属した。高句麗が唐に滅ぼされた(668)のち、高句麗の復興を唱えて渤海(ぼっかい)国が成立すると(698)、多くの靺鞨人はその支配下に入ったが、黒水部だけは独立の勢力を保持した。

[菊池俊彦]

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 中国、六世紀半ば勿吉(もっきつ)滅亡後、その支配下にあり東北地方に居住していたツングース系諸族に対する中国側の呼称。その一部は七世紀末に渤海を建国した。〔二十巻本和名抄(934頃)〕

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