出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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大蔵種材 おおくらの-たねき
?-? 平安時代中期の官吏。
大蔵春実(はるざね)の孫。寛仁(かんにん)3年(1019)沿海州の女真族(じょしんぞく)(刀伊(とい))が壱岐(いき)・対馬(つしま)に襲来したとき,前大宰少監(だざいのしょうげん)として藤原隆家らとともに応戦し,さらに追撃した。その功によって壱岐守となった。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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大蔵種材
おおくらのたねき
平安時代中期の武将。藤原純友の乱 (→承平・天慶の乱 ) 鎮撫の際の部将春実の孫。寛仁3 (1019) 年大宰大監として在任中,刀伊 (とい) の来寇に功を立て,壱岐守となった。原田,秋月,田尻氏らの祖。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の大蔵種材の言及
【大蔵氏】より
…数流あるが最も著名なのは古代・中世に九州で繁栄した一族。渡来人阿知使主(あちのおみ)の子孫という倭漢氏(やまとのあやうじ)が大和朝廷の大蔵(財政機関)を預かったことにより大蔵を称するようになる。天慶年中(938‐947),藤原純友の乱に追討使として大蔵春実が九州に下向して以来,孫種材が刀伊の入寇に活躍するなど,その子孫は大宰府の官人として九州管内の各地に勢力をのばした。平安末期,平氏政権と結びついた大蔵(原田)種直が大宰権少弐に任ぜられ一族の多くも大宰府の要職をしめて勢威をほこったが,平氏滅亡とともに没落した。…
※「大蔵種材」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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