大館四郎(読み)おおだて しろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大館四郎」の解説

大館四郎 おおだて-しろう

1824-1871 幕末武士
文政7年3月21日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩都城(宮崎県)領主島津氏の臣。家は代々連歌師。明道館漢学をおさめ,天保(てんぽう)13年京都にでて香川景樹らの門で和歌,国学をまなぶ。平野国臣(くにおみ)らとまじわり,尊攘(そんじょう)をとなえた。明道館の学頭,のち鹿児島藩民事奉行となった。明治4年7月6日死去。48歳。名は晴勝。通称は別に只六。号は添山,桐園。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む