天ヶ森城跡(読み)てんがもりじようあと

日本歴史地名大系 「天ヶ森城跡」の解説

天ヶ森城跡
てんがもりじようあと

[現在地名]津島町岩松

岩松いわまつの東にある山城(三三四メートル)。山は出丸・本丸・馬場と三段になっており、空堀の跡も残る。城主は津島殿と称された越智氏であった。

宇和旧記」によると、越智氏の本拠は最初は高田たかた釈迦しやかもり城であったが、その後祝森いわいのもり(現宇和島市)かひの森城、秀松ひでまつ城にいたこともあり、さらにこの城に移ったと記されている。

越智氏の姓は南北朝時代の暦応二年(一三三九)高田八幡神社文書に初めてみえる。同文書によると越智俊氏が八幡神社で領内の平安を祈っており、越智氏が現津島町地域の有力な在地領主であったことがうかがわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む