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天満八太夫 てんま はちだゆう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

天満八太夫 てんま-はちだゆう

?-? 江戸時代前期の説経太夫。
明暦,万治(まんじ)のころから江戸で説経節操り人形芝居を興行。寛文元年(1661)受領して石見掾(いわみのじょう)藤原重信と名のる。元禄(げんろく)5年ごろ引退。天満節ともいわれたが,宝暦のころにすたれた。

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朝日日本歴史人物事典の解説

天満八太夫

没年:宝永1頃(1704)
生年:生年不詳
江戸前期,江戸の説経節太夫の第一人者。万治(1658~61)以前から天満節として知られ,寛文1(1661)年12月9日,説経の太夫としてはじめて受領して石見掾藤原重信を名乗る。語り物の正本も20種以上と多い。元禄5(1692)年ごろ引退。門人に武蔵権太夫,天満重太夫,江戸孫四郎らがある。貞享・元禄期(1684~1704)には,江戸の説経芝居として天満八太夫座のほかに,江戸孫四郎座,あづま新四郎座,天満重太夫座,武蔵権太夫座などの名がみられる。八太夫の没後天満節は次第に衰え,宝暦10(1760)年には「いたはしや浮世のすみに天満節」(『風俗陀羅尼』)といわれている。

(竹内道敬)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

てんまはちだゆう【天満八太夫】

万治から元禄(1658‐1704)ころ,江戸を中心に操り座を興行,活躍した説経太夫。《江戸名所記》(1662)の禰宜町浄瑠璃の条に,八太夫が説経小栗を上演している画がある。1661年(寛文1)説経太夫としてはただ一人,石見掾(いわみのじよう)を受領。後に説経は落(ちようらく)し〈いたはしや浮世のすみに天満節〉(《風俗陀羅尼》,1760)といわれるまでになったが,天満節の曲節は長く続いて江戸の説経を代表していた。

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世界大百科事典内の天満八太夫の言及

【説経節】より

…小太夫の名跡は宝暦(1751‐64)ころまで続いたようである。江戸は三都の中でも説経節が最も盛んで,正保(1644‐48)ころから佐渡七太夫が堺町で興行し,万治(1658‐61)ころには天満(てんま)八太夫が禰宜町で興行を行った。この八太夫は1661年に受領して石見掾藤原重信を名のった。…

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