天英院(読み)てんえいいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「天英院」の解説

天英院 てんえいいん

1662?-1741 江戸時代前期-中期,徳川家宣(いえのぶ)の正室
寛文2年?生まれ。近衛基煕(このえ-もとひろ)の娘。延宝7年甲府城主徳川綱豊(家宣)と結婚,2児を生んだがともに夭折(ようせつ)した。宝永6年家宣が将軍になると御台所(みだいどころ)となり,正徳(しょうとく)2年家宣が死ぬと出家した。寛保(かんぽう)元年2月28日死去。80歳?名は煕子(ひろこ)。通称は一位様。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

〘 名詞 〙 ( 牽牛と織女の別れを悲しむ涙雨の意 ) 陰暦七月七日に降る雨。せいるいう。《 季語・秋 》[初出の実例]「歳時雑記曰、〈略〉七日雨、則曰二洒涙雨一」(出典:俳諧・滑稽雑談(1713)七...

洒涙雨の用語解説を読む