奈半利城跡(読み)なはりじようあと

日本歴史地名大系 「奈半利城跡」の解説

奈半利城跡
なはりじようあと

[現在地名]奈半利町 立町

奈半利川河口の沖積平野西南部、現奈半利小学校の地に築かれた平城で、城主は長宗我部元親の部将桑名丹後守。永禄一二年(一五六九)に安芸城(現安芸市)を攻略した元親は、やがてこの地にも侵攻、奈半利乗台寺岡(じようだいじおか)城を落し桑名丹後守にこの城を預けた。のち丹後守は奈半利城を築き移転したといわれる。

天正一七年(一五八九)の奈和利庄地検帳によると「城村(しろのむら)」に「城中詰」一反、「同し西二ノ塀」二〇代、「同し南二ノヘイ」二六代一歩の三筆が記載される。これが奈半利城の核心部分で、回りを一九筆の「ヤシキ」が固める。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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