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奥平昌高 おくだいら まさたか

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

奥平昌高 おくだいら-まさたか

1781-1855 江戸時代中期-後期の大名。
天明元年11月4日生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩主島津重豪(しげひで)の次男。奥平昌男の養子となり,天明6年豊前(ぶぜん)中津藩(大分県)藩主奥平家5代。藩政刷新をはかり,藩校進脩館をつくる。国学,和歌を渡辺重名(しげな)にまなぶ。蘭学を奨励し,オランダ語辞書「蘭語訳撰」を編集させ刊行した。安政2年6月10日死去。75歳。通称は九八郎,左衛門尉。号は豊海。歌集に「千代の古道」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

奥平昌高

没年:安政2.6.10(1855.7.23)
生年:安永4(1775)
江戸後期の豊前国中津藩(大分県)藩主。鹿児島藩主島津重豪の次男。母は市田氏。天明6(1786)年奥平昌男の養嗣子となり遺領を継ぐ。国学,洋学に通じ,和蘭辞書を神谷源内に編纂させた。<参考文献>『中津市史』

(福田千鶴)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の奥平昌高の言及

【中津藩】より

…豊前国下毛(しもげ)郡中津(現,大分県中津市)に藩庁を置いた譜代中藩。1587年(天正15)九州統一に成功した豊臣秀吉は,黒田孝高(よしたか)に豊前国京都(みやこ),仲津,築城(ついき),上毛(こうげ)(以上,福岡県)と宇佐,下毛(以上,大分県)の6郡,12万5000石(一説には15万石)を与え,中津藩が成立。1600年(慶長5)関ヶ原の戦ののち,細川忠興が豊前一国と豊後のうち国東・速見両郡の30万石(01年の検地実施後,内高は39万5995石)の領主として中津へ入封。…

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