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朋誠堂喜三二 ほうせいどうきさんじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朋誠堂喜三二
ほうせいどうきさんじ

「手柄岡持 (てがらのおかもち)」のページをご覧ください。

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デジタル大辞泉の解説

ほうせいどう‐きさんじ〔ホウセイダウ‐〕【朋誠堂喜三二】

[1735~1813]江戸後期の戯作者・狂歌師。本名、平沢常富。通称、平格。狂名、手柄岡持(てがらのおかもち)。秋田藩主佐竹氏の江戸留守居役。恋川春町とともに黄表紙の作風を確立。黄表紙文武二道万石通」、洒落本当世風俗通」。

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百科事典マイペディアの解説

朋誠堂喜三二【ほうせいどうきさんじ】

江戸中期の戯作者,狂歌師。狂名手柄岡持(てがらのおかもち)。本名平沢常富(つねまさ)。秋田佐竹藩の留守居役。恋川春町の親友で,春町とともに黄表紙を完成した。1788年,幕政に取材した《文武二道万石通(まんごくとおし)》で筆禍を招き,以後狂歌に専念。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

朋誠堂喜三二 ほうせいどう-きさんじ

1735-1813 江戸時代中期-後期の戯作(げさく)者。
享保(きょうほう)20年閏(うるう)3月21日生まれ。出羽(でわ)久保田藩(秋田県)江戸藩邸の留守居役。代表的な黄表紙作者のひとりで「親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)」などの作品をのこす。天明8年幕政を風刺した「文武二道万石通」で主家のとがめをうけ戯作からはなれた。文化10年5月20日死去。79歳。姓は平沢。名は常富。通称は平格。狂名は浅黄裏成,手柄岡持。俳号は月成。

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朝日日本歴史人物事典の解説

朋誠堂喜三二

没年:文化10.5.20(1813.6.18)
生年:享保20.閏3.21(1735.5.13)
江戸時代の黄表紙・洒落本・狂歌作者。本名は平沢常富,通称は平格,狂名は浅黄裏成,手柄岡持。洒落本に道蛇楼麻阿,狂歌詩に韓長齢の号を用いた。朋誠堂喜三二の戯号は「干せど気散じ」で武士の高楊枝をきかす。秋田藩江戸邸の留守居役。江戸生まれの武家らしい早熟の才をみせ,幼時から芝居を好み,乱舞,鼓を習う。俳諧は馬場存義,その後2代目亀成について月成と号した。戯作の最初は安永2(1773)年,金錦佐恵流の名で著した洒落本『当世風俗通』(恋川春町画)であるとされるが,都会人らしい洒落,滑稽,ナンセンスの才能はもっぱら黄表紙に発揮され,『金々先生栄花夢』で黄表紙の祖となった恋川春町と共に,昔話の「かちかち山」と『仮名手本忠臣蔵』のパロディである『親敵討腹鼓』(1777)をはじめ多くの黄表紙を著した。天明8(1788)年刊の『文武二道万石通』が,前年から始まった老中松平定信の改革政治(寛政の改革)を大いにうがち,揶揄していると解釈されかねない作柄であったため,主君から止筆を命じられ,戯作から離れた。これは武家作者の戯作界退陣と時期を同じくする。しかし,狂歌,狂文は晩年まで手柄岡持の名で筆をとった。30余種のその黄表紙のなかで,代表作として『景清百人一首』(1782),『長生見度記』(1783)などがあげられる。ほかに滑稽本『古朽木』(1780),咄本『百福物語』(春町らと合作,1788年)の作もあり,没後の文化11(1814)年には狂文集『岡持家集我おもしろ』が刊行されている。<参考文献>井上隆明『喜三二戯作本の研究』

(園田豊)

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世界大百科事典 第2版の解説

ほうせいどうきさんじ【朋誠堂喜三二】

1735‐1813(享保20‐文化10)
江戸後期の戯作者。本名は平沢常富(つねまさ),通称は平格(角),俳号は月成,狂名は手柄岡持(てがらのおかもち)。江戸に生まれ,14歳のとき秋田藩士平沢氏の養子となる。1781年(天明1)から秋田藩の御留守居役を務めるかたわら,戯作にも手を染めており,親友の恋川春町とともに,安永・天明期(1772‐89)の黄表紙界を代表する作家となる。《親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)》(1777)など数編を春町の絵を得て発表,天明期に入って《見徳一炊夢(みるがとくいつすいのゆめ)》(1781)でその才覚をあらわし,以後次々に佳作を刊行,草双紙おとなの読物にたえる知的滑稽の書に高める功績があったが,《文武二道万石通》(1788)で田沼一味の消息をうがち,そのため幕府のとがめを恐れた主家より止筆を命ぜられたと伝えられる。

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大辞林 第三版の解説

ほうせいどうきさんじ【朋誠堂喜三二】

1735~1813) 江戸後期の戯作者。本名、平沢常富つねまさ。別号、手柄岡持てがらのおかもちなど。秋田佐竹藩士。恋川春町とともに黄表紙の草分け的作者。狂歌・狂詩にも優れる。著「文武二道万石通」「見徳一炊夢みるがとくいつすいのゆめ」「桃太郎後日噺」ほか。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

朋誠堂喜三二
ほうせいどうきさんじ
(1735―1813)

江戸後期の戯作(げさく)者。本名平沢常富(つねまさ)、通称平格(へいかく)、平荷(へいか)、俳号月成(つきなり)、狂歌に手柄岡持(てがらのおかもち)を用いる。寄合衆佐藤豊信(とよのぶ)の家士西村久義(ひさよし)の3子で、秋田藩江戸邸平沢氏に養子入り。俳諧(はいかい)を馬場存義(ぞんぎ)、佐藤朝四(ちょうし)に、漢学を関思恭に学ぶ。近習(きんじゅう)役から留守居役に昇進、役職がら遊里戯場で政界の社交を身につけ、若き日宝暦(ほうれき)の色男と称した。1777年(安永6)『親敵打腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)』などで文壇登場、恋川春町(こいかわはるまち)とともに黄表紙文芸を大成した。豊かな言語遊戯と洒脱(しゃだつ)な風俗描写で40に及ぶ戯作を書き、いわゆる天明(てんめい)ぶり文学を盛り上げる。88年(天明8)の風刺物『文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくとおし)』で弾圧を受け、以降は狂歌、狂文、狂詩に遊ぶ。家集に『我(われ)おもしろ』(蜀山人(しょくさんじん)序)がある。文化10年5月20日、79歳没。墓は深川浄心寺一乗院にある。[井上隆明]
『浜田義一郎・鈴木勝忠・水野稔校注『日本古典文学全集46 黄表紙・川柳・狂歌』(1971・小学館)』

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世界大百科事典内の朋誠堂喜三二の言及

【親敵討腹鞁】より

…2冊。朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)作,恋川春町画,1777年(安永6)刊。〈かちかち山〉の後日譚で,子狸に親の敵とねらわれた兎が義理に迫られて切腹し,狸はまた猟人を導いて討たせた狐の子狐に,猟人とともに討たれる。…

【黄表紙】より

…草双紙の〈黒本・青本〉のあとを受けて,外形は青本と同じく黄色表紙であるが,内容は当世の世相,風俗,事件などを流行語をまじえて写実的に描写するとともに,ことさらに常識に反し理屈を排除して,荒唐無稽な構想・表現による滑稽をもっぱらねらったもので,1775年(安永4)刊の恋川春町(こいかわはるまち)画作《金々先生栄花夢(きんきんせんせいえいがのゆめ)》から始まるとされる。春町の友人朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)も《親敵討腹鞁(おやのかたきうてやはらつづみ)》(1777)を出し,以後両人の多くの名作によって,“(つう)”と“むだ”すなわち洒落と機知によるおかしさをねらった成人の漫画ともいうべき作風がうち立てられた。やがて芝全交(しばぜんこう)《大悲千禄本(だいひのせんろつぽん)》(1785),唐来参和(とうらいさんな)《莫切自根金生木(きるなのねからかねのなるき)》(1785),山東京伝《江戸生艶気樺焼(えどうまれうわきのかばやき)》(1785)などによって,天明年間(1781‐89)には黄表紙全盛期を迎えたが,天明末の田沼政権の没落と松平定信の寛政改革に取材した,喜三二《文武二道万石通(ぶんぶにどうまんごくどおし)》(1788)や春町《鸚鵡返文武二道(おうむがえしぶんぶのふたみち)》(1789)その他が当局の忌諱に触れ,取締りが厳しくなった。…

【文武二道万石通】より

…黄表紙。朋誠堂喜三二(ほうせいどうきさんじ)作。喜多川行麿(ゆきまろ)画。…

※「朋誠堂喜三二」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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