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奥村良竹 おくむら りょうちく

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

奥村良竹 おくむら-りょうちく

1686-1760 江戸時代中期の医師。
貞享(じょうきょう)3年生まれ。山崎良伯にまなび,越前(えちぜん)福井藩の重臣本多家(武生領主)の侍医となる。京都で並河天民,後藤艮山(こんざん)らとまじわり,武生で中国の吐法を研究,病気の治療につかった。門弟に山脇東門,荻野元凱らがいる。宝暦10年9月3日死去。75歳。越前(福井県)出身。名は直。号は南山。

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

奥村良竹

没年:宝暦10.9.3(1760.10.11)
生年:貞享3(1686)
江戸中期の医者。名は直,号は南山。良竹(良筑)は字。越前国府中松森村(福井県武生市)生まれ。父は道喜。十余歳で駿府(府中)藩医山崎良伯に就いて医を学び,一時大坂に出たが帰郷して医を業とし,府中藩医となって本多侯に仕えた。のち本多侯の息女に従って京都に上り,後藤艮山,並河天民らの説を聞き,帰郷。古医方に通じたが,そのうち吐法が埋もれているのを惜しんで研究を積み,吐剤を臨床に活用し,新治療を開き,京都など各地から多くの弟子が参集した。著述をなさなかったが,その治法は永富独嘯庵『吐方考』や荻野元凱『吐方編』など門人の著述によりうかがえる。<参考文献>土肥慶蔵「奥村良筑考」(『鶚軒游戯』)

(小曾戸洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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