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如意尼 にょいに

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

如意尼 にょいに

803-835 平安時代前期の尼僧。
延暦(えんりゃく)22年生まれ。真言宗。淳和(じゅんな)天皇につかえ,妃となる。空海の弟子となり,摂津甲山(かぶとやま)(兵庫県)に神呪(かんのう)寺をひらいた。承和(じょうわ)2年3月20日死去。33歳。丹後(京都府)出身。正史にはみえず,正子(せいし)内親王モデルにしたとする説もある。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

如意尼

没年:承和2.3.20(835.4.21)
生年:延暦22(803)
平安時代の尼。神呪寺の開基。『元亨釈書』によれば,もと天長帝(淳和天皇)の次妃と伝えられる。丹後国与佐郡(京都府)の人。10歳のときに都に出て,常に如意輪観音の霊場を詣でていた。弘仁13(822)年,皇太子だった淳和天皇が霊夢により頂法寺に使いを派遣し,妃として迎えいれた。日ごろから如意輪呪を持し,大弁才天の夢告を得,侍女2人と共に宮を出て,天長5(828)年に摂津の甲山(兵庫県西宮市)で修行を始めた。その後,空海を請じ寺を開いた。同8年には自ら剃髪し,具足戒を受けた。寺を神呪寺とした。同時に剃髪した侍女のひとり如一は和気真綱の娘であったという。如意尼は33歳で没したとある。この尼は正史にはみえないが,仏教信仰の厚かった正子内親王をモデルにしているとする説もある。

(勝浦令子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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