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正史 セイシ

百科事典マイペディアの解説

正史【せいし】

中国歴代の歴史書のうち,紀伝体で記され,もっとも正統と認められたもの。編年史,雑史,稗史(はいし)に対する。唐朝から後は勅命によって前王朝の正史を編修。現在まで25史がある。宋代には十七史,明代に二十一史,清代に二十四史となり,中華民国には《新元史》を加え二十五史となった。ほかに,正史に列せられない〈清史稿〉がある。現在,中華人民共和国で国家プロジェクトとして清史編纂事業が進められている。次に歴代正史を列挙する。1.《史記》(130巻,前漢,司馬遷の撰,以下同じ),2.《漢書》(100巻,後漢,班固),3.《後漢書》(120巻,宋,范曄(はんよう)),4.《三国志》(65巻,晋,陳寿),以上を〈前四史〉という。5.《晋書》(130巻,唐,房玄齢等),6.《宋書》(100巻,梁,沈約),7.《南斉書》(59巻,梁,蕭子顕),8.《梁書》(56巻,唐,姚思廉(ようしれん)),9.《陳書》(36巻,唐,姚思廉),10.《魏書》(130巻,北斉,魏収),11.《北斉書》(50巻,唐,李百薬),12.《周書》(50巻,唐,令狐徳【ふん】(れいことくふん)),13.《隋書》(85巻,唐,魏徴),14.《南史》(80巻,唐,李延寿),15.《北史》(100巻,唐,李延寿),16.《旧唐書》(200巻,後晋,劉【く】(りゅうく)等),17.《新唐書》(225巻,宋,欧陽修等),18.《旧五代史》(150巻,宋,薛(せつ)居正),19.《新五代史》(75巻,宋,欧陽修),以上,16,18を除いて〈十七史〉という。20.《宋史》(496巻,元,脱脱等),21.《遼史》(116巻,元,脱脱等),22.《金史》(135巻,元,脱脱等),23.《元史》(210巻,明,宋濂等),以上,16,18を除いて〈二十一史〉という。24.《明史》(332巻,清,張廷玉等),以上を〈二十四史〉という。25.《新元史》(257巻,民国,柯劭【びん】(かしょうびん))。
→関連項目三国史記

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とっさの日本語便利帳の解説

正史

中国の史書は、本紀・列伝による人物と事跡を主に記述した紀伝体と、年月の順を追って記述した編年体とに大別される。紀伝体の史書は『史記』以後は各王朝ごとの断代史として編纂されており(唐代以降に編纂のものは官選)、『史記』以下『明史』までの二五史を正史とする。

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世界大百科事典 第2版の解説

せいし【正史 Zhèng shǐ】

中国,各王朝の歴史叙述として公認された紀伝体の歴史書。現在24もしくは25あり二十四史,二十五史とも呼ばれる。正史の呼称は《隋書》経籍志に始まり,《史記》以前の編年体の史書を古史というのに対して使われた。10世紀以後,政府によって公認された特定の史書に正史の名が冠せられ,司馬遷の《史記》にはじまり欧陽修の《五代史記》に至る歴代17種の紀伝体歴史書を十七史とした。正史の数は時代が下るにつれ増え,明代二十一史,清では二十二史となったが,乾隆以後,《旧五代史》《旧唐書》を加えて二十四史,1922年大総統徐世昌は柯劭忞(かしようびん)の《新元史》を入れて二十五史とした。

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大辞林 第三版の解説

せいし【正史】

国家によって編纂へんさんされた正式の歴史書。 ⇔ 外史稗史はいし
中国の紀伝体で書かれた歴史書。特に「史記」を初めとする歴史書二十四史をさす。これに「新元史」を加えたものを二十五史とよぶ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

正史
せいし

中国の史書でもっとも権威ありと認められたもの25部をいう。その体裁は紀伝体といい、天子治世の年代記である本紀と、著名な個人の事績を記した列伝との2部分を不可欠の要素とする。ほかに年表、系譜、あるいは制度を記した志(または書)などを含むものがあるが、これらは必須(ひっす)の条件ではない。正史は漢の司馬遷(しばせん)が上古から漢の武帝(ぶてい)時代までを記した『史記』に始まり、以下は断代史となり、1王朝ごとに1部の史書がつくられ、班固(はんこ)の『前漢書』、范曄(はんよう)の『後漢書(ごかんじょ)』、陳寿(ちんじゅ)の『三国志』があり、以上をあわせて四史と称する。以後の王朝について『晋(しん)書』『宋(そう)書』『南斉(なんせい)書』『梁(りょう)書』『陳書』『魏(ぎ)書』『北斉書』『周書』『隋(ずい)書』『新唐書』『新五代史』ができ、南宋時代になって以上のほかに『南史』『北史』を加え、十七史と総称した。元代の末に『宋史』『遼(りょう)史』『金史』が著され、明(みん)初に『元史』が成立したので、これをあわせて二十一史、清(しん)初にさらに『明史』ができたのであわせて二十二史の名が生じた。清の王鳴盛(おうめいせい)の『十七史商(しょうかく)』、趙翼(ちょうよく)の『二十二史箚記(さっき)』などの書名は、これに由来する。乾隆(けんりゅう)帝はさらに『旧唐書(くとうじょ)』と『旧五代史』をこれに加えて二十四史とし、宮中の武英殿で印行した。全部で324巻に上る。民国の初め、柯劭(かしょうびん)の『新元史』が出ると大総統令によって正史に加えられ二十五史となった。清朝については民国初めに『清史稿』が現れたが、まだ正史として権威ある「清史」は現れていない。[宮崎市定]

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