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姚広孝 ようこうこうYao Guang-xiao; Yao Kuang-hsiao

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

姚広孝
ようこうこう
Yao Guang-xiao; Yao Kuang-hsiao

[生]至元1(1335)
[没]永楽16(1418)
中国,明初の政治家,僧侶。長洲 (江蘇省呉県) の人。字は斯道。僧名は道衍 (どうえん) 。諡は恭靖。洪武 15 (1382) 年洪武帝の高皇后が没したとき,その追善供養のため燕王 (→永楽帝 ) に配属された。のち建文1 (99) 年,王にすすめて靖難の変を起させ,王を帝位につけた。その功により太子少師の地位を授けられて還俗し,『太祖実録』や『永楽大典』の編纂にあずかった。僧侶としても著名で,『道余録』『浄土簡要録』などの著書がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

ようこうこう【姚広孝 Yáo Guǎng xiào】

1335‐1418
中国,明朝初期の高僧で永楽帝の謀臣。江蘇省長洲県(蘇州)の人。14歳で出家し僧名は道衍,字は斯道。道士から陰陽術数の学も学んだ。初め洪武帝の招きをうけ,ついで燕王に仕え,靖難の変では作戦指導を担当し,永楽帝誕生の最大の功臣となった。のち本姓にもどり,広孝の名を賜ったが,蓄髪せず寺院に居住した。学を好み詩にも巧みで,《太祖実録》《永楽大典》の編纂に参加した。【寺田 隆信】

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世界大百科事典内の姚広孝の言及

【永楽大典】より

…明の成祖(永楽帝)は即位まもなく,1403年(永楽1),解縉(かいしん)(1369‐1415),楊士奇ら文人たちを翰林に入れ,太古以来の全書籍から必要事項を網羅した大類書の作成を命じた。翌年完成した書物は《文献大成》と名づけられたが,帝の意にみたず,姚広孝をはじめさらに多くの学者と2000人以上の筆写人が動員され,1405年から08年冬まで増訂が行われた。こうしてできたのが《永楽大典》で,2万2877巻,1万1095冊,《洪武正韻》の韻字の順序に従って項目が分類配列されている。…

※「姚広孝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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