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宇文化及 うぶんかきゅうYu-wen Hua-ji; Yü-wên Hua-chi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

宇文化及
うぶんかきゅう
Yu-wen Hua-ji; Yü-wên Hua-chi

[生]?
[没]武徳2(619)
中国,隋の反臣。北周系の門閥宇文述の長子。隋末に各地で反乱が起ったとき,化及は北帰を望む軍人らを率いて江都にいた煬帝 (ようだい) を殺した。化及は煬帝の甥楊浩を擁立して北帰しようとしたが,途中で楊浩を殺し,みずから帝位についた。国を許と号し,年号を天寿と称し百官を任命した。やがて竇建徳 (とうけんとく) と戦って敗れ,斬られた。

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世界大百科事典 第2版の解説

うぶんかきゅう【宇文化及 Yǔ wén Huà jí】

?‐619
中国,隋の貴族,煬帝(ようだい)の殺害者。祖父以来将帥の家柄で,父の宇文述は煬帝の寵を得て貴顕の地位に上った。宇文化及も右屯衛将軍を授けられたが,弟の宇文智及とともに非行多く,軽薄公子とよばれた。大業(605‐616)末年,煬帝は反乱情勢に阻まれて江都(江蘇省江都県)の離宮から動こうとしなかったので,宇文化及は北帰を望む近衛軍の将兵に擁されて煬帝を殺し,帝の甥浩を奉じて北上,魏県(河北省大名県)で浩を殺して即位し許国を建てたが,まもなく竇建徳(とうけんとく)に滅ぼされた。

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