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宇津峰城 うづみねじょう

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日本の城がわかる事典の解説

うづみねじょう【宇津峰城】

福島県中部の郡山市と須賀川市の境界にある宇津峰山(標高677m)にあった南北朝時代の山城(やまじろ)。国指定史跡。宇津峰は郡山、須賀川両市のいたるところから眺めることができる阿武隈山系の独立峰で、ここに全山を城塞化した城があった。南北朝時代の初め、宇津峰は南朝方の田村宗季の領地だったが、1346年(貞和2/正平1)の北朝方の攻勢により宇津峰城は落城した。その後、南朝方は反撃に転じ多賀城(宮城県多賀城市)を奪還したが、1352年に北朝方は再び多賀城を占領。多賀城を拠点としていた南朝方の北畠顕信は守永親王(宇津峯宮、後醍醐天皇の孫)を奉じて多賀城を逃れて霊山城(伊達市)に移り、さらに霊山城も落城すると、宇津峰城に立て籠もった。宇津峰城は堅固な城塞であり、かつ田村一族の活躍もあって北朝方を容易に寄せ付けなかったが、1353年(文和2/正平8)に、ついに落城し、守永親王と北畠顕信は出羽、さらには陸奥北部へと逃れて、東北地方の南朝と北朝の戦いは事実上終結した。現在、山頂には「雲水峰城址」の石碑が建っている。ここは宇津峰城二の丸の長平城があった場所で、その東端には当時の空堀の一部が残っている。そこからほど近い場所にある千人溜(せんにんだまり)は本丸の星ヶ城があった場所で現在は宇津峰神社の境内。土塁に囲まれた18~20m四方の曲輪(くるわ)跡が残っており、守永親王や南朝の後村上天皇後亀山天皇を祀る石祠などがある。JR東北本線郡山駅からバスで鈴ヶ内下車(馬場平登山口)、谷田川宮下下車(宮田登山口)、坂ノ下下車(牡丹平登山口)のいずれか。◇星ヶ城、雲水峯とも呼ばれる。また「宇津峯城」とも記述される。

出典|講談社
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