安泰寺(読み)あんたいじ

日本歴史地名大系 「安泰寺」の解説

安泰寺
あんたいじ

[現在地名]幡豆町西幡豆 講伏

北・東・南の三方に山をめぐらす。西に欠村(かけむら)城跡があり、一連の城郭を形成し、海岸の東西交通を掌握する位置にある。吉谷山と号し、曹洞宗。由緒によれば永正一〇年(一五一三)祥山が、その師渥美郡大久保長興(おおくぼちようこう)寺(現渥美郡田原町)四世模外惟俊を開山としたと伝える。欠村城主小笠原摂津守長重が菩提寺として開基したとも伝える。

社寺明細帳に記す棟札一札中に「永禄七年甲子四月住職態州叟施主小笠原左右衛門 小笠原新九郎大工棟梁尾張国知多郡須佐村安右衛門」とあり、寺蔵の過去帳にも欠村城主小笠原摂津守を筆頭に、多くの小笠原氏関係の名が所載される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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