朝日日本歴史人物事典 「安田老山」の解説
安田老山
生年:天保1.1.1(1830.1.25)
幕末・明治初期の文人画家。美濃国(岐阜県)養老滝下に生まれ,地名にちなんで名を養,字を老山とし,また字を号として用いた。少壮時,長崎に遊学して僧鉄翁に入門するが,元治1(1864)年さらに中国に密航,胡公寿に師事し,また中国各地の山川を跋渉した。滞在10年ののち,明治6(1873)年帰国。豪放不羈な性格そのままの画風は,明治初年の文人画大流行のなかで寵児となり,奥原晴湖と覇を競ったが,フォービックな山水画が,のちにフェノロサに「つくね芋山水」と非難されることになった。
(佐藤道信)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報