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安田老山 やすだ ろうざん

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美術人名辞典の解説

安田老山

幕末・明治の南画家。美濃生。名は養、別号に万里翁。長崎に遊学し鉄翁祖門に学ぶ。のち中国に滞留、胡公寿に南画の筆法を学ぶ。帰国後、東京に移り、明治初期の文人画の流行の中で奥原晴湖と覇を競った。明治16年(1883)歿、54才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安田老山 やすだ-ろうざん

1830-1883 幕末-明治時代の画家。
文政13年1月1日生まれ。長崎で鉄翁(てっとう)祖門にまなび,元治(げんじ)元年清(しん)(中国)にわたり,胡公寿に師事。明治6年帰国,東京にすむ。奥原晴湖と文人画の覇をきそった。明治16年8月24日死去。54歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。名は養。別号に万里翁。作品に「楓橋秋水図」「山水ノ図十二種」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

安田老山

没年:明治16.8.24(1883)
生年:天保1.1.1(1830.1.25)
幕末・明治初期の文人画家。美濃国(岐阜県)養老滝下に生まれ,地名にちなんで名を養,字を老山とし,また字を号として用いた。少壮時,長崎に遊学して僧鉄翁に入門するが,元治1(1864)年さらに中国に密航,胡公寿に師事し,また中国各地の山川を跋渉した。滞在10年ののち,明治6(1873)年帰国。豪放不羈な性格そのままの画風は,明治初年の文人画大流行のなかで寵児となり,奥原晴湖と覇を競ったが,フォービックな山水画が,のちにフェノロサに「つくね芋山水」と非難されることになった。

(佐藤道信)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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