日本歴史地名大系 「安蔵村」の解説 安蔵村あぞうむら 鳥取県:八頭郡用瀬町安蔵村[現在地名]用瀬町安蔵千代川支流安蔵川の下流域に位置し、鹿の子(かのこ)・塚の原(つかのはら)・青滑(あおなめ)・岡(おか)・筏場(いかだば)の五集落があったが(因幡志)、青滑は天明六年(一七八六)九月の洪水で流失したと伝える(東光寺文書)。当村のほか安蔵川沿いにある当村枝郷山口(やまぐち)村および屋住(やずみ)村・江波(えなみ)村を安蔵谷四ヵ村という。拝領高は一四一石余。本免五ツ一分。享保一九年(一七三四)以前に山口村が領内限りの一村として分離し、同年の鈴木孫三郎所持本「因幡誌」によると当村の高一六四石、竈数四〇余。 安蔵村あんぞうむら 富山県:上新川郡大山町安蔵村[現在地名]大山町安蔵常願寺川と熊野(くまの)川の間の脊梁山地にあり、北は上滝(かみだき)村の上野(うわの)台地に続き、南は隠土(おんど)村。有峰(ありみね)村・小原(おはら)村への道が通る。村の起りについては、平家の落武者伝説をもつ。正保郷帳の高八石余、田方なし、畑方五反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高二一石、免二ツ九歩、小物成は山役三一匁・炭役一五匁(三箇国高物成帳)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by