宗久寺(読み)そうきゆうじ

日本歴史地名大系 「宗久寺」の解説

宗久寺
そうきゆうじ

[現在地名]恵那市東野

東野ひがしの北端定蓮寺じようれんじ川北岸にある。万松山と号し、曹洞宗本尊聖観音。元和二年(一六一六)岩村藩代官鈴木主馬入道宗久が、東野村民の願いにより一庵を建て、大井の長国おおいのちようこく寺二世葉山嫩奕を開山として創建。代官鈴木宗久の名をとって寺名とした。その後現在の松浦屋敷に移転、ついで庄次坊(現明知鉄道東野駅東)へ移るが、寛政七年(一七九五)全焼

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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