宗末村(読み)むねすえむら

日本歴史地名大系 「宗末村」の解説

宗末村
むねすえむら

[現在地名]珠洲市若山町宗末(わかやままちむねすえ)

中(なか)村の西に位置し、西は上黒丸(かみくろまる)村(黒丸村)。当村から西の若山川上流筋一〇村を山十箇(やまじつか)と称する。垣内に伽羅(がら)がある。「能登志徴」に引く村名由来書に宗末間右衛門という百姓が住していたとあり、中世の名主の系譜を引く者とみられる。正保郷帳に村名がみえ、高一一四石余、田六町六反余・畑九反余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印の草高一三八石、免三ツ九歩、新開高三石余、小物成は山役一二七匁・漆役二匁、なお敷借本米・利足は一六石余であった(三箇国高物成帳)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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