宝治(読み)ホウジ

関連語 かんげん

精選版 日本国語大辞典 「宝治」の意味・読み・例文・類語

ほうじホウヂ【宝治】

  1. 鎌倉時代、後深草天皇の代の年号。寛元五年(一二四七)二月二八日に改元。将軍藤原頼嗣、執権北条時頼の時代。宝治三年(一二四九)三月一八日に至って次の建長となる。出典は「春秋繁露‐通国身」の「気之清者為レ精、人之清者為レ賢、治レ身者以レ積レ精為レ宝、治レ国者以レ積レ賢為レ道」。

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日本の元号がわかる事典 「宝治」の解説

ほうじ【宝治】

日本の元号(年号)。鎌倉時代の1247年から1249年まで、後深草(ごふかくさ)天皇の代の元号。前元号は寛元(かんげん)。次元号は建長(けんちょう)。1247年(寛元5)2月28日改元。後深草天皇の即位にともない行われた(代始改元)。『春秋繁露(しゅんじゅうはんろ)』を出典とする命名。宝治年間の鎌倉幕府の将軍は藤原(九条)頼嗣(よりつぐ)(5代)、執権は北条時頼(ときより)(5代)。幕府執権として勢力を拡大させる北条氏と、有力御家人との間の確執が続いていた。同年間には北条氏と三浦氏の対立が深まり、1247年(宝治1)に鎌倉で両勢力の武力衝突が起こった(宝治合戦)。この争乱で三浦氏は滅亡し、北条得宗家による専制政治が確立した。

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