実方中将墓(読み)さねかたちゆうじようのはか

日本歴史地名大系 「実方中将墓」の解説

実方中将墓
さねかたちゆうじようのはか

[現在地名]名取市愛島塩手

笠島かさしま集落の北方北野きたのにある。西側は佐具叡さくえ神社跡地。陸奥守藤原実方の墓と伝え、実方が下馬せずに通過してその怒りに触れ頓死したという笠島道祖神(現佐倍乃神社)からは、高館たかだて丘陵東裾に沿うあずま海道を北へ二キロほど行った左側にある。藤原実方は左大臣藤原師尹の孫にあたり、美貌と才智に恵まれた貴公子で、歌人。長徳元年(九九五)左近衛中将のまま陸奥守を兼任して陸奥へ下向した。実方の陸奥守任命は殿中での藤原行成との争いで左遷されたという伝承がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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