宮原検校(読み)みやはらけんぎょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮原検校」の解説

宮原検校 みやはらけんぎょう

1807?-1864 江戸時代後期の地歌・箏曲(そうきょく)家。
文化4年?生まれ。筑後(ちくご)(福岡県)久留米の人。京都にでて修業,弘化(こうか)4年検校となる。郷里で活躍し,三味線改良もおこなった。九州系地歌・箏曲の祖といわれる。八重崎検校石川勾当の「八重衣」の箏の手付けをさせたという。元治(げんじ)元年2月22日死去。58歳?名は孝(高)道一。作品に「水の玉」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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