宮田定則(読み)みやた さだのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮田定則」の解説

宮田定則 みやた-さだのり

1676-1753 江戸時代中期の儒者
延宝4年生まれ。土佐(高知県)の人。京都で医学をおさめたほか,浅見絅斎(けいさい)に儒学をまなび,高知城下で塾をひらく。延享元年(1744)士籍にのぼり,高知藩学問教授指南役となった。酒をこのみ,人の意表をつく言行逸話がおおい。宝暦3年11月死去。78歳。本姓宮谷通称は用蔵。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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