日本歴史地名大系 「宮部上村」の解説
宮部上村
みやべかみむら
[現在地名]久米町宮部上
現久米町の最北西端にあり、
「作陽誌」によれば、慶安元年(一六四八)宮部村を上下に分けたという。正保郷帳では宮部村とあり、田方八二六石余・畑方二三七石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳も宮部村で、改出高二九〇石余・開高七七石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現久米町の最北西端にあり、
「作陽誌」によれば、慶安元年(一六四八)宮部村を上下に分けたという。正保郷帳では宮部村とあり、田方八二六石余・畑方二三七石余。元禄一〇年(一六九七)の美作国郡村高辻帳も宮部村で、改出高二九〇石余・開高七七石余。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...